小学生の頃、遠足の前になると、こういうやりとりがしばしばありました。
「おやつは300円以内ですよ」
先生がそう言うと、少しでも多くおやつをもっていきたい子どもたちは、すかさず先生に質問します。
「バナナはおやつに入りますか?」
バナナがおやつに入るか入らないかによって、予算内で持って行けるおやつの内容が大きく違ってしまうのですから、子どもたちは真剣です。
そのとき先生がどう答えたかは忘れてしまいましたが、おやつに入ると答えたにしろ、入らないと答えたにしろ、その理由をキチンと説明できた先生というのは、ほとんどいないのではないでしょうか。
たいがいは、「入る」「入らない」という答えだけで、どうしておやつに入るのか、どうしておやつに入らないのか、ということまで、踏み込んで説明したりはしなかったでしょう。
先生の答えに納得の行かない子どもが「どうしてバナナはおやつに入らないんですか?」なんて聞いても、「下らないこと聞くな!」の一言で、その子どもの貴重な哲学的探求はストップさせられます。
な~んていうと大げさかな?
でもね、この簡単に見えて、下らないように見えて、ただギャグのネタにしか見えないような問いに、実は、人間の思考様式の面白さ、奥深さ、浅はかさがあるように思うんですよ。
だからこそ、あなたも、あぁ、下らないなと思いながらも、このエントリーの題名になんともいわれぬ衝動を覚え、無意識に突き動かされ、思わずここまで読んでしまったのではないでしょうか?
な~んていうのも大げさ?